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大阪高等裁判所 昭和39年(う)298号 判決 1965年3月30日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人本人および弁護人能勢克男のそれぞれ作成した控訴趣意書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

控訴趣意中事実誤認の主張について。

所論にかんがみ、本件記録および原審において取り調べた証拠を調査し、なお当審における事実取調の結果を参酌して考察するに、原判示各事実は、原判決の挙示する対応各証拠によつて証明十分であつて、その認定に誤があるとは認められない。

原判示第一の事実についての所論は、要するに、被告人は、警察官が、松本彦也に対し逮捕状を示さないで同人を逮捕し、かつ、京都教職員組合の本拠である教育会館内の施設、掲示、出入人物の顔写真を無差別に撮影する等の違法行為に出たことに抗議し、これを防止しようとしたのにすぎず、警察官の公務執行を妨害する犯意も、右公務執行を妨害した事実もないと主張する。

しかし、原判決の挙示する証人亀井幸次郎、同加納清、同渡辺太一郎の原審公判廷における各供述および渡辺太一郎撮影の写真一四枚に、原審において取り調べた証人松本彦也、同佐藤良輔の原審公判廷における各供述の一部を加えて考察すれば、京都府警察本部警備部警備第三課勤務西村警部補が、京都教育会館において、京都地方裁判所裁判官の発した逮捕状により、京都教職員組合高校部副執行委員長松本彦也を逮捕するにあたり、右逮捕状を同人に示してこれを閲読させた事実は明白であり、又、同警備第三課勤務加納巡査部長は、上司である林警部から、右逮捕についてこれに協力する任務のほか、逮捕状執行状況の写真を撮影するように命ぜられ、写真機を携帯して前記教育会館に行つたものであつて、同巡査部長は、まず、教職員組合連合会書記局のある南側の建物にはいつて松本彦也を捜したが発見できず、次に、京都市立高等学校教職員組合書記局等のある北側の建物にはいつたところ、西村警部補が、同組合の廊下で、十数人の京都教職員組合員に取り囲まれながら、松本彦也に対し逮捕状を示そうとしていたので、廊下の端にある階段から右逮捕状執行状況の写真を撮影しようとしたが、人に押されそうになつたため一旦撮影を中止し、そのあと、西村警部補、松本彦也らは、組合員らと共に右廊下を出て南側の中庭に移動し、同所において、西村警部補は、松本彦也にあらためて逮捕状を読ませたうえ同人を逮捕しようとしたが、これに抗議する組合員らが、西村警部補らを取り囲み、不当逮捕だ、逮捕状を見せろ、などと叫んで騒ぎ始め、逮捕状の執行が妨害されそうな形勢になつたので、加納巡査部長は、逮捕状執行の状況や、逮捕が妨害されそうになつた状況について、現場の状況の証拠を保全する目的をもつて、その集団の外から、西村警部補が松本彦也に逮捕状を示している状況を中心に、組合員らがこれを取り囲んで混乱している状況を含めた現場の写真を撮影しようとしたところ、被告人は同巡査部長の所にかけよつて「何故に許可なしに写真をとるか」とどなりながら、原判示のように暴行を加え、更に、これを制止しようとした亀井巡査部長に対しても、同判示のような暴行を加えて、両巡査部長の公務執行を妨害した事実が認められるのであつて、所論のように、西村警部補のした逮捕状執行手続が違法であるとは認められず、かつ、加納巡査部長その他の警察職員が、教育会館内の施設、掲示、とりわけ、現場の状況保全の目的を越えて出入人物の顔写真を無差別に撮影するような行為に出たものとは、とうてい認めることができない。被告人は、原審および当審各公判廷において、「加納巡査部長に対しては、同人の着用しているレーンコートのすそ又はそで口を引つ張つたにすぎない。亀井巡査部長に対しては、同人から胸倉をつかまれ、中央建物の廊下に押し倒されたので、乱暴するなと抗議したのにすぎない。」と供述し、証人岡本望、同田村知行は、原審および当審各公判廷において、証人関屋健は、原審公判廷において、いずれもおおむね同趣旨の供述をしているけれども、これらの供述は、前記渡辺太一郎撮影の写真、殊に被告人が加納巡査部長の腕を引つ張り、それを誰かが引き離そうとしている状況を撮影した番号七の写真および亀井巡査部長の胸倉をつかんでいる状況を撮影した番号一〇の写真と対照して十分納得のできるものではないから、容易に信用できない。そして、被告人が、加納、亀井両巡査部長が警察職員であること、および、これらの者の前記行為が警察職員の職務執行としてされるものであることを認識しながら原判示暴行に及んだことは、前記の証拠および被告人の原審公判廷における供述によつて肯定できるから、被告人に公務執行妨害の犯意がないということもできない。論旨は理由がない。

原判示第二の事実についての所論は、被告人と鳥居茂とは、ともに写真機をかまえて撮影のため場所を移動中、相互に身体を衝突させたのにすぎないから、公務執行妨害の犯意がないと主張する。

しかし、原判示の挙示する証人鳥居茂同城守昌二、同宮谷仁七、同藤井清治の原審公判廷における各供述および医師柳井哲雄作成の診断書によれば、原判決の認定したとおり、被告人が、鳥居茂の写真撮影を妨害し、鳥居がなかば撮影を断念し、入校を阻止されている受講者を誘導するためその近くに寄ろうとする際に、同人の腹部附近を肘で押し、左手で同人の顔面を突き、同人の写真撮影ならびに誘導の職務執行を妨害すると共に、同人に治療五日を要する右顔面打撲傷兼口内裂傷を負わせた事実を十分に認めることができ、原審のした証拠の取捨選択にも格別違法の点があるとは認められない。被告人の犯意を否定する前記の所論は、右の認定と異なる前提に立つもので、採用の限りではない。論旨は理由がない。

控訴趣意中法令適用の誤の主張について

原判示第一の事実についての所論は、加納巡査部長の写真撮影が公務の執行にあたるとしても、被告人の容ぼうの個性的特徴を明確にとらえることができるような至近距離から、承諾なしに被告人を撮影し、又は、撮影しようとしたので、被告人は肖像権を主張してこれを制止したのであつて、その際、被告人の手足が右巡査部長に触れたとしても、正当な権利行使の結果であつて、違法性が阻却されると主張する。

所論のいわゆる肖像権について、人はその意思に反しみだりに容ぼうを撮影されない自由を有することは、憲法第一三条の保障する国民の自由の一内容であると解し得られるが、その自由も公共の福祉による制限を受けることも、また、同条の明定するところであつて、このことは、刑事訴訟法第二一八条第二項に定める「身体の拘束を受けている被疑者の指紋若しくは足型を採取し、身長若しくは体重を測定し又は写真を撮影する」行為に表現せられているが、その他のばあいにおいても、犯罪に関連し、(1)証拠を保全する必要性があり、(2)撮影行為の相当性、すなわち、社会通念上是認せられうる方法によるときは、警察官の適法な職務行為といえると解する。けだし、警察官は、警察法第二条により「個人の生命身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする」のであつて、逮捕状が適正に執行せられるように務め、もし、妨害行為のあるときはこれを排除し、かつ、妨害者を検挙すべき責務を有するものであるから、警察官の職務行為が犯罪既遂後に限定せられるべき理由はない。犯行のおそれのある者に対する尾行や張込が任意捜査の一態様として是認せられるのもその故である。したがつて、警察官が、逮捕状の執行に際し、それが適正に履行せられるかどうかという執行状況および多数の者が逮捕状執行者を取り囲んで抗議し、混乱状態となり、公務執行妨害罪に発展する可能性があると思料されるばあいにおいて、その状況につき証拠を保全する目的のために、かつ、被撮影者に対し強制を加えることなしに、現場の状況写真を撮影することは、適法な職務行為というべきである。

加納巡査部長が、上司から逮捕状の執行状況を撮影すべき命令を受け、逮捕状の執行状況および組合員らから右逮捕状の執行が妨害されそうになつたばあいの状況を証拠に保全する目的をもつて、その集団の外から、写真撮影しようとしたものであることは、前認定のとおりであつて、同巡査部長が、右執行状況保全の目的を越え、所論のように、至近距離から、被告人又はその他の組合員の容ぼうを目的とした顔写真を撮影し又は撮影しようとしたことを認めるに足る証拠はない。かように、逮捕状の執行に際し組合員から抗議が行なわれ、しかも右執行が妨害されるおそれのあるばあい、叙上のように現場の状況を証拠として保全するために、かつ、被撮影者に対し強制を加えることなしに、逮捕者と被逮捕者とを中心とした状況写真を撮影することは、適法な職務行為とみるべきであつて、肖像権を主張してこれを阻止することは許されないと解すべきであるから、所論は採用できない。

原判示第二の事実についての所論は、鳥居茂は、京都市教育委員会総務課企画労務係としての職務とは別に、関係職員団体である京都教職員組合等の組織について、情報収集すなわちスパイ活動の目的をもつて、本件撮影行為に従事した疑が極めて濃厚であつて、右行為は、組合員の思想、表現の自由、京都教職員組合の団結権を侵害するもので、適法な公務執行ではないから、被告人の行為の違法性は阻却されると主張する。

原判示の鳥居茂は、京都市教育委員会総務課企画労務係として、京都市教育委員会事務局事務分掌細則第二条により、特命による調査、企画および立案、職員団体および労働組合に関する事務、管理者の研修に関する事務その他の職務を担当する公務員であること、京都市教育委員会が京都市小学校長会と共同で開催することを図つた本件講習会に対し、京都教職員組合が当初から反対し、右講習会の開催当日、組合員が、いわゆるピケによつて会場の生祥小学校に受講者の入校することを阻止するような事態の発生が予想される状況にあつたこと、鳥居茂が上司の宮谷総務課長から、右講習会受講者の入校を阻止することのないよう組合員を説得すること、受講者を校内に誘導すること、および、組合側の講習会反対行動の実情を把握して、教育委員会に対する報告資料として、ピケ等による阻止状況の写真を撮影することなどの命令を受け、生祥小学校に行つたこと、鳥居茂は、受講者二名が教育委員会事務局職員に誘導されて同校裏門附近に近づき組合員によつて入校を阻止されているのを目撃し、この状況を裏門附近から写真撮影しようとしたことはいずれも原判決がその挙示する証拠に基づき正当に認定したとおりであつて、所論のように、鳥居茂が、京都教職員組合の組織について、情報を収集する目的をもつて、写真撮影に従事したことを推測させるに足りる証拠はない。ところで、教育委員会が教職員を対象とする講習会を開催してその研修をはかることは、教育委員会の職務権限の一に属する(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条第八号)から、教育委員会が講習会を開催するにあたつて、その開催のてんまつ、例えば、本件のように、教職員組合の反対行動によつて、講習会の円滑な運営が妨げられるばあい、その反対行動の実情を調査することも、教育委員会の前記職務権限に包含されるものと解されるのであつて、教育委員会の職員が、上司の命令に基づき、右調査の必要上、講習会場において組合員の反対行動の状況写真を撮影することは、なんら違法の職務執行ということはできない。所論は、独自の見解に立つて原判決を非難するものであつて、理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条、第一八一条第一項を適用して、主文のとおり判決する。(山崎薫 竹沢喜代治 浅野芳朗)

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